fuyunohinotegakariの日記

写真をあげたり日記を書いたりしますが、ほとんど泣き言格納庫です。

あこがれ、青春スーツ

マカロニえんぴつの「あこがれ」という歌は、インディーズ一作目のミニアルバムに入ってるやつと、2022年に再録したバージョンがある。

好きな歌だったので、去年再録が出た時は思わず「おっ!」となった。聴いてみてまた良くて、オリジナルバージョンをまた聴いてそちらもやはりなお良くて、かわりばんこに聴くのが好きだ。

あこがれ

あこがれ

  • マカロニえんぴつ
  • ロック
  • ¥204

あこがれ

あこがれ

  • マカロニえんぴつ
  • J-Pop
  • ¥255

漫画「ハチミツとクローバー」がこの春無料公開されていたので読み返した。記憶していたよりもずっと、憧れの気持ちとか、生きるために社会に自分の居場所を見つけることを描いていて、リアルタイムで読んだり模写していた時の自分が、この作品に大変夢中になった理由がよくわかった。

作中に、野宮さんという「かっこよくて仕事できてモテる先輩」を具現化したような人物が出てくるのだが、その人のセリフを単行本6巻から引用するとーー

「いやマジでもこれ罰ゲーム?みたいな/もう見たくもない学生時代のアルバムを無理矢理ハナ先見せつけられているような/こう青春再放送?みたいな…」(「ええ⁉︎ 野宮にもあったの⁉︎ そんな恥ずかしい時が?/信じらんないっっ」)「ありましたよ…/オレにだってかわいかった頃が」(中略)「で 何がもうイヤかって/オレが苦労して何年もかけて脱ぎすててきた/もう見たくない恥ずかしいモノを/あんのやろう また全部ひっさげて目の前をウロウロしやがるんだよ」

(文字にするとやや暴力的だが、該当シーンは笑って読める感じなのでぜひ読んでいただきたい)

うまく言えないけど、「もう見たくない恥ずかしいモノ」に言及してしまった時点で、ハイ青春プレイバックそして今ナウ…みたいな…。

そしてさらに、その「見たくない恥ずかしいモノ」(具体的な例として描かれているワード:思い込み、間違った自信、青春、しっと、情けなさ、みれん)を背負ったままの状態のことを「青春スーツ装着」と称するハチクロの軽やかさよ…。(このあとのお話の展開で、また「青春スーツ」が出てくるシーンがあるんだけど、そのときには野宮さんはこれをうっかり再装着してしまう、そんなダサかっこいいエピソードも描かれる。また良きかな)

青春スーツ」は脱げる。見ないようにし続けること、つまり目の前のことを頑張り続けるうちに一つ前の自分を過去化できる、ということなのかな、と私は思うのだが。

しかしマカロニえんぴつを聴いていると、「青春スーツ」をがっつり着込んでいた痛々しくも熱い自分が思い出され、そしてなお(あれ?まだもしかしてこれ自分、今もがっつり着用中??!)という絶望的にダサい気分に引き摺り込んでくる。

青春ゆえの情けなさとか恥ずかしい部分は、なんか、置いてきたつもりだったのに、今の自分と限りなく地続きである、という悲しい現実を突きつけてくる存在なような、でも、そうでないような気もする。そんなバンド。

冒頭に書いた「あこがれ」は、青春スーツ、まだ着ててもいいじゃん必死なら。って思わせてくれるいい曲です。歌われている切羽詰まった思いに心を馳せて、ジタバタする火曜の夜明けの私の目の前に青春スーツがチラつきます。