柴田聡子の雑感を聞いて
1月売りの特集を校了。が、あと1ページが終われないうちにタイムリミットが来て、校正さんに声をかけて会社を出る。最近は人と腰を据えた会話がなかなかできないので(以前と比べてぐっと減ったという意味)、積極的に人と会う約束をしている。それでも足りず、ポッドキャストを聞いて自分の意見を頭の中にためるようにしている。移動中は基本的にポッドキャストを聞いている。今日は疲れたので音楽を聴いていた。ふだんは音楽を聴く方が疲れる感じがするけど、今日はそういう気分だった。シャッフルで柴田聡子の「雑感」が流れてきた。大好きな曲は、産後ほとんど聞こえ方が変わった。それはとてもおもしろくて、こんなふうなことも歌ってたのか!と新たなコードを手に入れたようで嬉しかった。だけど、「雑感」は違った。これを聞くといつも同じ気持ちになれると思っていたけど、今になってもまだそういう曲が残っていたんだ!と驚いて、何度も聞いた。「雑感」をきけば、たったひとりぽっちの私に戻れる。それがわかって、ちょっと安心した。変わってしまったのがいやなのではなくて、私自身が持続している感覚が、これがまた嬉しいんだよね。そして、そんな気持ちになったあと、私を待つ宝物を迎えに行けること。私はどこにでも行ける。聡子風に言うと「全部受け止める」。
近況。1歳になったのでゆるく振り返る。
前回ここに書いてからもうひと月経つだなんてありえない。入稿校了して、並行して次の号を進め、同時にまたその次の号を仕込んでいたらもうひと月経った。その間に子はヨユーで歩けるようになった。伝い歩きや手押し車での歩行は少し前からしていたけど、先月おもむろにダイアンのユースケの宣材写真のポーズで歩き始めたので驚いた。いまは絵本を持ってこちらにやってきて、読んでほしい要求を伝えてくれる。一瞬のことであった。
そんなこともあり、休日は二人で公園に行くことが増えた。靴を履いて芝生を歩き回る子がどんぐりや草を食べないように見守りつつ、私はレジャーシートを引いてゴロゴロしている。
この一瞬の日々のように思えるひと月の間、私は毎日こどもと寝て、起きて、朝ごはんを食べさせ、着替えて登園し、仕事をして、お迎えに行き、夜ご飯を食べさせ、お風呂に入り、また寝かせた。一歳の一日のスケジュールはこんなかんじ:
5時に起床、6時半朝ご飯、8時半登園、17時半〜18時降園、18時半夜ご飯、19時お風呂、20時就寝。
卒乳もした。わりとすんなりフェードアウトできたので、子にはあまり寂しい思いをさせずにすんだような気がする。それは本当によかった。
生まれてしばらくミルクと母乳の混合育児を続けていたが、3ヶ月くらいで母乳だけでいけるようになった。本当に血の滲むような努力としか言いようのない日々だった。母乳を出すことがこんなに大変だとは思わなかった!
その後は、乳アレルギーや哺乳瓶拒否対策程度にミルクをあげたりあげなかったりして、とかしているうちに、子とコミュニケーションが取れるようになってきた。授乳中にくすぐったり、指でつついたり、変な顔したりすると飲みながら笑うようになったりして、ただ飲むだけじゃなくなった。
正直「飲んでるところがかわいい」っていうのがよくわからないままやっていたけど、明らかにどう考えても最高にかわいく感じられるようになった段階が明確にあって、そのあたりで、よく言われる「授乳は母子のコミュニケーション」の意味がよくわかった。3ヶ月とかでやめるかすごく悩んだけど、続けてたらこんなご褒美をくれた。
幸いミルクもよく飲む子だったので、長時間預けることも可能だったから、いわゆる、基本は母乳をあげながらのいいとこ取り混合という状態になった。本当に本当に助かった。ミルクを持たずに出かけられるし、もし災害があってもなんとかなる、という自信にもなった。
保育園が始まってからは日中ミルクで過ごすので、朝と寝る前と夜間の授乳を続けていたが、あまりにも細切れ睡眠だったので思い切って夜間断乳して、かなり寝られるようになった。たまに通し寝することもある。子もグッと身長が伸びるようになったのでホッとした。
1歳になる目前で、そろそろかなと思い朝の授乳をやめ、慣れてきたころに寝る前の授乳もやめてみた。意外となんとかなった。少しずつ卒乳ができたことは私にとっても負担がなく、ありがたいことだった。
この一年母乳を頑張ったことは、私にとっては子どもと向き合う大切なセレモニーというか、子どもが私に経験させてくれた宝物になった。子は飲まなくなったらすぐ忘れてしまうというけど、私が自分の意思であげたいと思ったこと、子もたくさん飲んでくれてこの一年育ってくれたということを一生覚えていると思う。しぼんだ胸が誇らしく思えるほどに。
ご飯については、これもまたいろんなことがあったので保育園の話に絡めて改めて書きたい。
仕事と子どもの話
復職して2ヶ月くらい経ちます。部署異動して、甘やかされて超絶スロースタートだけど、ちょっとだけバタバタしてきました。来週から入稿、校了。やることあんまり変わらないが、進行違うのでペースつかむのに少しあわわしてます。
で、仕事と子どもの話です。
私は「仕事と育児の両立」という概念にかなり懐疑的で、というのは、その考え方自体がそもそも破綻していると考えている立場です。本質厨なので…。混沌を愛するものとしては、全てが同時にある。だから、綺麗事かもしれないけど、育児が始まる前からそれは変わらない、と考えている。
両立という言葉を使うなら、私は仕事と鬱の治療を両立させていたけど、それ両立っていわないよね? 仕事と介護の両立してるひともたくさんいると思うけど、仕事と育児の両立してる人ほど褒められないですね。
なぜ仕事と育児の話になると途端に「両立」みたいな話になるのか、と思うと、これはもう私の偏見ですけど、仕事と育児以外のことを下に見てる気持ちがあるんじゃないか?って感じることが、なんとなく多いのです。
私は、全てがある状態、混沌を恐れないということを考えていて、両立という言葉からできるだけ離れようと試みています。
でね。実際いま、もうじき1歳になる子どもがいて、仕事をしているわけです。その所感ですが、むしろ、「仕事しながら鬱の治療」のほうが「両立」感があるのです。なぜなら、仕事しながら子育てはできないからです!!
仕事してる間は子ども見れません。リモートしながら子ども見るとか、今はちょっと私は無理だな。車運転しながらゲームできますか? 本読みながらサッカーできますか? 無理だろ! いやそのうちできるようになるのかな。うーむ。
私にとって仕事と子どもは、いまのところは、どちらも片手では持てないもの。片手で持てる仕事に変えることもできなくもないけど、マイライフとニューライフ(過去の日記参照)を総合的に考えると、仕事はこのまま両手で持っていたほうがいい気がするので、両手で持ちます。
よく考えてみると、これまでに、どんなに仕事が忙しくても、どんな人と付き合ったり結婚したりしても、アイドル追っかけ活動は続けてきたのに、今、私は全くアイドル追えてない。たまにコンサート行けたら行くくらいで、ほとんど事情がわからない。自分の入ってるファンクラブも把握してない状態です。でも、アイドル追っかけ活動と仕事が両立してたということは、私にとってアイドルは片手で持てるものだったんだな(そりゃそう)。家事とか生活とかも、片手で持てるものだったし、そんなにわざわざ持たなくてもいいくらいの気持ちだった。
そういうわけで、子どもが生まれてから、あんまりアイドルは持ってない。
さて、子どもを両手で持っている状態で仕事はできません。なのでわたしは、両手で子どもを持って毎朝保育園に行って、代わりに子どもを持ってもらい、空いた両手で仕事をしている感じです。
保育園にはタイムリミットがあり、時間になると私は仕事を一旦とめて、両手で子どもを受け取りに行きます。で、どうしても仕事しないと終わらない時、家族(私の母もしくは祖母)に両手を空けてもらい、仕事をしている感じです。これが、実家住みシングルマザー編集者2ヶ月目の生活です。本当に恵まれていると思うけど、母は働いてるし、祖母は高齢だしで、できるだけ頼らずなんとかしたいと思いつつ、そうするためにはどうやって仕事を進めたらよいか、今は考えている最中です。結局はやめはやめだね。職場環境的には本当にありがたい感じなので、あとは私が早めにやればいいだけ。ついに私のだらしないところにメスを入れざるを得ないターンがきました。頑張ろう!