イカサマな新素材

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これまでのこと(国文学と教職)

考えれば考えるほど、そして図書館へ行けば行くほど、突き当たるのは「ジェンダー論」である。高校生の進路選択の時に、もうすこし自力でつきつめて考えていれば、きっと自分は心理系かジェンダー系かデザイン系の学科に進んでいたのではないかと思うが、あの時はなんとなく「国語が好きで、得意だから」という理由で国文学を勉強する道を選んだ。がんばれば文化構想学部とかに行ってたのかな?と思うけど、最もコスパのいい勉強方法を貫いた「省エネな受験」をして、今の学科に入ったのだった。

入ってみてどうだったかというと、ガチガチなアカデミックっぽいことは私には無理だということだ。友人は「分野が合わないんじゃないの」と言うんだけど、それも絶対あるんだけど、多分それ以外の何かもあると思う。まず図書館が苦手だ。椅子にじっと座っていることがダメだ。本を一冊読む集中力がない。学生証はなくすし、本を返すのが苦手だし、何より入館すると一刻もはやく外に出たくなってしまう。こういう人間に文学は厳しい。(最近自分のことをADHDなんじゃないかと思っている。一度病院に行こう…あとアレルギー検査もやってもらわないと)

そして、そうした数々の障害に立ち向かっていけるほど文学が好きかと言われると、別にそうでもないということ。文学的に大事といわれているような作品なんて、たぶん4個くらいしか読んでないと思う。最初の基礎演習で鬼教授にぶちあたり、めげずにA+を叩き出した。ただ負けず嫌いだったから。制服を脱いだあとすぐにピンクのダボダボのジャケットを羽織り、花柄のレギンスを履きはじめる女たちや、すぐ茶髪にしてよくわからん服を平気で着ているダサい男たちに負けたくなかった。(今思えば、なんとなくただ漠然とイメージしていた仮想敵です。サイコーな友人にもたくさん出会えた。高校まで過ごした母校のひとたちは本当におしゃれでユーモアがあって素直だったから、その頃との環境の変化についていけなかったんだと思う。っていうこの説明も、上から目線でやだよなー。ごめんなさい。)それ以降は、ただただ目の前の課題をなんとかやりすごすだけの大学生活だったと思う。あとは、教職の単位をこなすだけ。本を読むのが本当にダメになってしまったから、大変だった。

あのとき、もっと自分が興味を持てる分野に進めばよかったのかなあ、と思ったりもした。でも、文学はきっと本質的なものだから、一度はここにきちんと身をおいたのだ、という事実はきっと生涯私を支えるだろうと今は思っている。

文学にあたっていて思うのは、「いつの時代もこうなんだ」ということばかりだ。本質的に日本人が感じてきたこと、そして読み継がれてきたものが捉えている「感情」や「言動」は、だいたい今にも通じている。ずっとそのまんまだ。この、「ずっとそのまんま」のことをそっくりとりだして提示し、残していくような仕事がしたい。

あ、大学三年生のときに『蜻蛉日記』を読めてよかったなあ。あれは結構衝撃的だったな。あとは、明治大正期の作品から東京の街を知るという近代文学の演習も楽しかった(自分の担当する作品しかちゃんと読めなかったけど)。

きっと、ジェンダー論をやっても、心理学をやっても、デザインを学んでも、それなりに楽しんでこなしていたんだろうとは思うけど、そういったことを学ぶ前のまっさらな状態のときに、実学的とは到底言えない文学という全く謎の学問に触れられたことは一生の財産になると思う。贅沢としか言いようがない。

で、イヤイヤの泣きながらだったけど「この4年間をムダにしないため」というだけの理由で、教員免許を取ろうと励んだことは私にとって実に大きな事件だったと思う。大学生活をスカスカの空っぽにしなかった。一つの自信につなげるための、自分なりの地道なトレーニングだった。

教育実習に行ってみて、「一応大学でやってきたこととか、受験勉強で頑張ったことは、この3週間で活かしきったな」と思った。でも、この仕事のためにこれからずっとこの分野に身をおくことは考えにくかった。もっと好きなことがあるはずだと思った。でも、それが一体何なのかわからないまま就活を再開することになった。

ちなみに、この2週間くらい、広告業界もありかなと思ってたけど、あれはだめだ、私はきっと病む。本質的ではない。

 

今日、卒論のために岡崎京子展のときにでた「戦場のガールズライフ」をパラパラとよんでいていろいろ思った。「時代を捉えてみたい」という欲求は岡崎せんせいにもあったことなのだから、自信を持ってこのまま自分の研究を続けていけばいいのだ。SMAPが解散するよりも先なんだからなんとか短期集中的に終わらせてしまいたい。これが、どういう論になっていくのかわかんなくてめちゃくちゃ苦しんでるんだけど…。