イカサマな新素材

写真をあげたり日記を書いたりします

昨日から考えてた自分の字のこと

綺麗な字を書くには努力しなきゃだめだ、と書道の先生が言った。
そりゃそうだろう。
わたしは、無駄に早く書く努力ばっかりしてきたので、早く書くのには自信がある。その分、字は下手だ。

人は字を書くとき、「丁寧に書く」と「早く書く」を天秤にかけ、ちょうどいいところで折り合いをつけて、板書を写したりノートをまとめたりするのだろう。
わたしはとにかく早く書きたいので、字のまとまりがよくない。
高校生くらいのときに、こういうことに気付いてハッとしたのである。
もっと丁寧に書くことを意識すればよかった、早さにばかり気を取られて自分はこんなに字がミミズのようだ、と絶望したものである。

思えば、小学校のとき習字の授業がなかったことも、わたしの字に関する無頓着さに拍車をかけたと思う。
高校生になって慌ててペン字練習ノートを買いこみ一冊終えたが、多少マシになったくらいで根本的な解決にはならなかった。

とにかくまっすぐ線を引けない。ふにゃふにゃする。これはきっと早くペン先を動かすことに力をさいてるから、肝心の紙に伝える力が弱まっているのだと思う。だから字がなんとなく不安定なのである。

バイト中、文字を書くことが度々あるんだけど、仲間たちの残した字を見ては「みんな綺麗に書くなあ」と思う。
でも、そういうことばっかり思ってると凹むので、「わたしはめっちゃ字を書くのが早いから、メモがとにかくよくとれる!」と思うことにしている。

電話に出るとき、メモをとるのがすごくはやい。多分早い。早い分、字はきたない。でも自分しか読まないし、読む分には問題ない程度の汚さなので、電話をつなぐときに安心して相手の名前をお知らせできる。

しかし、早くメモが取れるからとっさの記憶力が衰えてしまったのではないか?とも思う。
メモをとらないと、今さっき復唱したはずの電話の相手の名前を忘れる。
知ってる人からの電話だからメモんなくても平気!と、とっさの判断で電話を受けて、あれ?誰だっけ?てか誰に繋げばいいんだ?というのはしょっちゅうである。

まあ、早く書けるのはそこそこ便利だとは思うので、汚くてもあんまり卑屈にならないようにする。そんなかんじでペン字練習ノート二冊目買ったままほったらかしてたの思い出したので、部屋片付けたらまたはじめたいとおもってます。
とにかく字を書くときは気をつける、それをこれから徹底するしかないのかなと思う。別に汚いままでもいいや。